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日記503

 

 

爪を切ってから撮ればよかったと後悔していますが、そんなことは関係ないくらいおめでたい。ほんとうは、3月9日に祝うべきでした、ごめんなさい。忘れていた。でも忘れることは、悪いことではない。忘れていたから、あなたと10年も過ごすことができたんだもの。忘れることができなくて、絶えずにんにくに心が支配されていたら、つかれちゃってもう関係をやめていたかもしれない。

 

わたしが忘れても、忘れなくても、あなたが存在することに変わりはないんだ。時間が経つことにも、変わりがない。あなたがわたしを忘れても、然り。それはときに残酷なことかもしれないけれど、あなたのことをなにもかも完全に忘れ去るなんてありえないから、だいじょうぶだよ。あなたを記憶から消すことなんか、できるわけがないじゃないか。あなただって、きっとそうでしょう。

 

だから、たまにふっと思い出して、こうやってまた笑い合える日がくる。その日を信じているから、信じられるから、たとえあなたがわたしを忘れていても、生きてゆける。いいよ、忘れてくれて。そうやって、わたしたちは安心して、べつべつの物語を生きてゆく。いつかまたかならず会えると、お互いに、姿が見えないあいだも、信じているから。

 

10年だよ。賞味期限が過ぎる前の時間もふくめると、10年以上になるのかな。にんにくとわたしの10年。なんでこんなに経っちゃったんだろう。まだいたの?まだいるよ。あなたも、わたしも。ここにいたね。それだけがうれしい。おもしろいね。いとをかし。きみと出会った奇跡が、この胸にあふれてる。きっといまは自由に空も飛べるはず。わたしたちって、どうして生まれたの?奇跡だよね。ひとりで考えてもみるけれど、やっぱへたっぴなの、笑える。笑っていたい、ずっとそばで、笑っていてほしい。

 

でも、いつまでも、そばにいることはできなくて、わたしたちは、わかれる。おやすみ。いってきます。さようなら。あいさつを交わして、いつもわかれる。そうしたら、また会えることが、たのしみでたまらなくなるんだ。離れている時間も、あなたの存在がわたしを彩ってくれる。うれしい。あなたがどこかにいる、それだけで。さよならは別れのことばじゃなくて、再び逢うまでの遠い約束。あなたを、心の片隅にちいさくメモしておくための、約束。

 

また、いつになるかわからないけれど、また会える。「信じている」って書いたけど、そんな目に見えない信念の話ではないのかもしれない。知っているんだ。すでに、わかっている。見えているから。わたしたちは、会うしかないって。どこにいても、死んでしまったって、あなたの存在が消えることはない。あなたがここにいたこと、わたしたちが出会ったことは、真実で、たとえこの世界が消滅しても、その真は消えない。また会える。わたしは知っているから。なにがあっても。いいんだ。

 

さようなら。

愛してる。

 

 

***

 

 

数日まえにこのブログで「矢野顕子の『春咲小紅』がAMラジオでかかったら春」と、じぶんなりの春の定義をしました。そして3月16日(金)、13時すこし過ぎ、AM954kHz、TBSラジオのたまむすびという番組で、みごと矢野顕子さんの『春咲小紅』が流れました。よって、季節は春です。2018年の春は、3月16日のお昼から。到来しました。もしかしたら、すでにTBSの他の番組やAM各局のどこかでも、流れていたのかもしれませんが、わたしの定義ですから、わたしの耳に届いてから春なのです。届かない場合、わたしに春はこない。年中、冬。

 

ぶじ春咲小紅が届いてよかったです。ちょうど春になった瞬間、『春咲小紅』を聞きながら、お付き合いをしている女性(呼称に迷いがある……)とLINEをしていたので「春になったよ」とおしえてあげました。「呼称に迷いがある」じゃねえよ、胸を張って言えよ、といま思いましたが、うーん、なんだろう。お付き合い。ド突き合い、でもいいかな。大塚愛、とか。風呂嫌い、とか。なにそれ。なんかむつかしい、考えだすと。なんでも必要以上にむずかしくしてしまう。むじかしい。むぞかしい。むでかそい。まびけもい。

 

シンプルでいいんだ。「宿敵」とか。なんで。たぶんちがうかもしれない。「恋人」と呼びたい、と前に書いた気もするけれど、いざそうなってみると、まじめになれない……。書いてみても、「なに言ってやがんだこいつ」と後ろ指をさすじぶんがいる。検閲官にしばかれる。悩みだ。ふざけたくなってしまう。過去に何回かじっさい書いてみたけれど、ぶっちゃけもう無理だ。ギブアップ!!気恥ずかしさが拭えないんだよ!!!この恥ずかしさを隠し通すことは、ごめん、もうできない。ベタなことをベタなままできないな。恥の感覚がある。やってしまった瞬間、含羞で内心メッタ刺し。血を見るハメになる。これも逆の型にはまったベタの範囲内なのかもしれないが。恥ずかしげもなく、まじめに恋愛ができるひとはぜんいんすごいと思う。恥ずかしい。わたしは恥ずかしい。生きてるだけで恥ずかしい。乙女は恥じらいを忘れてはいけないの。恥じらいをなくしたら野生に帰るしかなくなる。ゴリラに戻る。もともとゴリラだったのか、それはわからないけど、ちがっていてもゴリラでいい。あいつらとなら仲良くやっていける。

 

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コメント

10年間のお付き合いの割にはにんにく減ってませんね〜。
私はにんにく食べるとお腹が痛くなってしまいます。ガスター10の出番です。
春が来たなら次は夏。今度は何の曲でしょう。やっぱチューブの曲ですかね。
最近、私的には、夏はmoumoonの「Sunshine Girl」ですかね。

  • anna
  • 2018/03/18 07:50

そうですね、おたがいそんなに必要としない関係なので、あまり激しく求め合わないというところが長続きの秘訣ですね。影が薄いけど、いつもここにいるよっていう。いてくれるだけでいいんです。
にんにくアレルギーでしょうか。にんにくってけっこう洋食系のさまざまな料理に使用されているから、たいへんそうですね。


夏はむずかしいです。たくさんあるなあ。ラジオでくるかこないか、ギリギリのラインを狙いたいですね。moumoonの『Sunshine Girl』は微妙な線ですごくいいと思います。おしゃれです。わたしは、じゃあ、なんだろう。

チューブはかならず耳に入りそうなのでやめます。aikoの『花火』なんかも、ぜったいにかかります。
好きな曲だと山下達郎の『高気圧ガール』ですが、これも鉄板そう。山下達郎は『夏の陽』という曲がいちばん夏になると聴きたくなるけど、これは逆にかからない。ニューロティカというバンドの『夏・スイカ・27才』も、個人的な思い入れがありますがこれも可能性がありません。
南波志帆の『ごめんね、私。』あたりは大好きだけど、おしゃれかつ青春が過ぎるからやめます。J-waveで流れそう。面影ラッキーホールの『パチンコやってる間に生まれて間もない娘を車の中で死なせた…夏』がラジオで流れたらすごくうれしいけれど、これを「夏の曲」として狙うのはひねり過ぎている……。

うーん、なにがラジオでかかったら季節は夏になるのか。わたしはそしたら、中原めいこの『君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね』にしておきますね。カネボウのCMソングだったそうです。moumoonは資生堂のCMですね。化粧品つながりです(笑)。
定番の歌謡曲ですが、あんがい盲点かな。この曲がかかったら夏。もし、あしたかかったら、あした夏になります。
夏は「夏の終わりソング」もありますね。これが流れたら夏が終わるという。そっちもかんがえておきます。