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日記511

 

 

この写真は、いつも使っているカメラより3倍くらい値段の張るLeicaで撮りました。高級なカメラは、側溝も高級そうに撮れます。すこしinstagramで加工しましたが、ほとんどそのままです。陰影がすごい。この側溝の網はグレーチングという名称だそうです。いま調べました。ちゃんとグレーチングと正式に呼んであげましょう。親しみをこめてグレーチンでもかまいません。ロシア人の名前みたい。異国情緒が味わえます。路上にはグレーチンがいっぱい。グレーチンを踏んで歩く。細めのハイヒールはグレーチンに挟まれないよう、お気をつけて。グレーチンったらすぐ挟みたがる子なんだから。

 

高いのは父のカメラなんです。あまり使っていないみたい。飾ってある。週末まで父は不在なので、勝手に借りていようかと思います。いつもわたしが持ち歩いているカメラより大きくて重い。ポケットに入らない。ささっと手早く撮れない。慣れないとたいへんです。高そうなごっついカメラを地面に向けてなに撮ってんだコイツと思われそう。なんでもないよ。なんでも。てきとうです。

 

 

***

 

 

テレビでバイクの展示会かなんかの映像が流れていて、ゆっくりとバイクが回転しておりました。まるでライザップのCMのように。ゆっくりと回転するものを見ると、つい「おっ、痩せるのか?」と思ってしまう。ライザップの刷り込みめ……。バイクは痩せない。でも痩せないと、つい「なんだ、痩せるんじゃないのか」とがっかりしてしまう。アフターを期待しちゃってた。痩せてよね!ゆっくり回転するなら鍛えなさいよね!

 

ライザップは、この社会に罪深いことをしました。ザ・タイマーズの名曲『デイ・ドリーム・ビリーバー』を「コンビニの歌」に変えたセブンイレブンと同じくらい罪深い。いらないものがいつの間にか意識に刷り込まれるから、テレビは見たくないのです。しかしテレビをつける習慣が抜けない人々と暮らしていると、そうもいかないから難儀です。テレビは好きではない。いらないものの中にも、おもしろみはあるにはありますが……。知らない映画をふっと観てみたり。池の水をぜんぶ抜いてみたり。

 

テレビはやだなーということを思っているとき、決まって種村季弘の『雨の日はソファで散歩』(ちくま文庫)にあった記述を想起しています。

 

 

 テレビを家の中に置かず、名刺を持たないとどういうことになるか。テレビ番組が話題になる大抵の席で口をきかなくてすむし、人に会っても名刺を渡さないからすぐに忘れてもらえる。この情報過剰時代にその人の身のまわりだけがひっそり閑となり、都会の真ん中に住んでいて世捨て人になれる。深山幽谷にいるから隠者ではない。身の回りの一つ二つのものを捨てれば、かなりの程度世を捨てられるし、世から捨てられるのである。p.42

 

 

なにか身近なものをひとつ捨てる。それだけでだいぶ住む世界が変わるのだと思う。なるべく夾雑物を耳目に入れず過ごしたいような思いがある。捨てて捨てて。死なない程度に。しかし雑味の中に、すごくおいしい発見もあるから、むずかしい。欲張りです。

 

お風呂ですこしずつ『雨の日はソファで散歩』を読んでいましたが数日前にやっと読み終わり。1日3ページとかそのくらいのペースだった。じつは読むのは2度目なのですが、内容はほぼ忘れているためだいじょうぶ。いくらでもたのしめます。本はコストパフォーマンスがいい。

 

ページ数などにもよりますが、わたしの本に対する金銭感覚では、だいたい単行本の新刊で1冊3,000円くらいがふつう。それ以下は安い。5,000円くらいになると高めかなーという感じです。おそらく、ちょっとおかしいのかもしれないけれど……。文庫500円とか、新書700円とか、激安だと思う。しかし、それも購入をためらう今日このごろ!4月からガチで就職活動をします。行ってみたいと思える採用活動があった。

 

べつにお金がなくても図書館があるからいい、と思ってしまうところもある。だけど、なくなると困るものや場所や、わたしの世界をすこしでもおもしろくしてくれそうなひとなどには、お金を払いたいよ、やっぱり。保守したい。「保守」ということばから低劣な政治の垢を落としたい。行きつけの蕎麦屋を守るのが保守だと福田恆存は言った。